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Category Archives: 未分類

立秋をとうに過ぎたと言うのに、残暑どころかまだまだ続きそうな猛暑。
10月半ばまで夏日が続くとの予報もちらほら。
がしかし、その一方では夏は日々確実に去りつつある。
今回は過ぎ行く夏を惜しんで一挙2本立てのコラムをアップしました。
記事は2007年の夏模様です。

初めての耐久レース

8月19日、“海の日”に何もしなかった僕は,キャプテン竹田津の相棒として、筑波モトルネ3時間耐久レースに参戦した。キャプテンはご存知の通り、熱きモーターサイクルの祭典8耐と併催された4時間耐久レースを経験したばかり。その一方、耐久という未知の領域に飛び込もうとする初心者の僕は、当然のことながら集中力、体力共に保つのか等、なにかと気になる点も多かった。様々な事柄を思い描きナーヴァスになる事も時には大切だが、こうした気持ちを長引かせたくもない。ここは,いつも通りのケセラセラなんとかなるさ、というオキラク精神を持って念願の耐久レースに臨んだのだった。少し横道にそれるが、今日というバイクの日は僕のバイクライフにおける、節目の日でもあったようだ。サーフィンの世界で言うThe Day、今まさにこの日がやってきた。という感じだ。それが運命的な出来事かどうかは分からないが、この日はあらかじめ耐久レースにチャレンジすることが決められていたような気がする。当初、クラフトの滝本氏をボスにジャーナリストの伊丹氏、そして僕という体制でもて耐の7時間耐久レースへの参戦が確定していた。がしかし、思わぬハプニングによりキャンセル。こうした経緯があったから、余計にそう思えてならない。して、肝心のレースだがモンゴルへの途中、完全にダートと化したロシアのキャビアロードでGS1200をスクラップ。しかも肋骨骨折というお土産持参で帰国したキャプテンが、ホワイトとブルーに塗り分けられたMOTOCORSEメイドのDB5TAKETAZUスペシャルで先攻。そして僕が749Rで第二ライダーを務めた。我々には,緻密な作戦など無く、サーファーらしく“レースを楽しむ”をモットーにチャレンジ。キャプテンへのMOTOCORSEのバックアップも素晴らしく順調なレース運びとなっていた。がしかし、僕の番となって何周目かのバックストレート全開。その時、空中に浮かぶ2cmほどの黄色と黒に塗り分けられた未確認飛行物体がスクリーン越しに目に入った。次の瞬間その物体は,吸い込まれる様にレーシングスーツの襟元と首の隙間に飛び込み、何やらゴソゴソともがいている。相手も襟の縁に足を踏ん張り、お尻を隙間にはさみ飛ばされまいと必死。こちらも『蜂さんお願いだからいい子にしてましょうね』と言い聞かせつつ周回を重ねた。キャプテンは,肋骨の痛みに耐え激走、僕は蜂のご機嫌を損ねない様に快走。何周かの後、漸く話が付き蜂は再び真夏の空へと舞い戻り、僕は疲れるどころか走れば走るほど楽しくなり、もっと走りたい!終わりたくないという気になってきた。これもロイヤルゼリーの効能か?     チャオ! Riku

大人の遊びは大人の勝手

最近、男性ファッション誌や情報誌の見出しに大人の遊びや大人の休日、はたまた大人の隠れ家とか、やたらと『大人』という文字が目につく。そうなるとサーフボードやモーターサイクルはもちろんのこと、われわれ大人どもが使うお遊び道具は、全て『大人のオモチャ』ということになる。それはまぎれも無い事実だが、それではあのマニアックな世界のそれとイメージが重なり、ちとマズイ。かくいう僕自身もシーズン到来とその道にトップリと浸かっている。しっとりとした隠れ家的な薫りが漂うバーでグラスを傾ける。という話は別の機会にさせて頂くとして、これは一つの仮定にすぎないが大人の隠れ家や遊びにしても本当は、子供のころに誰もが抱いたトム・ソーヤへの憧れだったり、ロパート・ルイス・スティーブンソンの宝島にでてくる海賊ごっこの延長線上に位置する、遊びの集大成なのだろう。成人式を迎え、おとなの仲間入りを果たし?大人歴31年の僕からするとそれはまさに『おとな』という言葉を隠れ蓑にした、言い訳なんじゃないか。と思えてくる。もし、それが事実とすれば「さすがオトナ。うまいことをおっしゃいますなぁ〜」ということになる。確かに同じ遊びでも少しばかりヤンチャだった少年時代と今の違いをかっこ良く言えば、「同じ遊びでも深みが違うんだなぁー。それにお道具もそれなりにこだわりというか、趣味的なんですな。このマフラーやボードのこの辺り、いい味出してるでしょ。かくかくしかじか」となる。もちろん自分自身の肉体と精神のシェープアップ次第では、全盛期のイメージにかなり近づく事も出来るかも知れない。がしかし、ほとんどの場合「チキショー!昔は出来たんだけどな」と心の中で叫ぶことになる。それでは、あまりにも寂しい。いくら精神年齢が若くとも、何千年ものおお昔から仙人が探し求めている『不老長寿』をもたらす薬草。もしくは、これから開発されるかもしれないスーパーケミカルでも手に入らない限り、アミノ酸やビタミンを多く含んだサプリメントを大量摂取した所でかなしいかな、肉体は時間と共に確実に衰える。では、どうするか?となればその逃げ道は、『長年培ってきた経験』とかそれこそ「大人の遊び方とは、こうして楽しむんですよ」と言い切るしか無い。例えそういったハイダァウェイを見つけたとしても、実際に何かをやり続けたり、新たな事にチャレンジするには、どうしたってガッツや努力が必要。もちろん自身のモチベーションを高める事だって大切。そうは言ってもオトナの人生こればかりではない、仕事もあればハチャメチャなことだって日常茶飯事。無い方が変。話が何だか口うるさいオールドスクールボーイ路線になってしまったが、人生を謳歌する為の不老長寿の妙薬は、自分自身の『こころ』にあるのかも知れない。ならばその妙薬を探す旅に出掛けてみようじゃないか。
チャオ!Riku

やめるのも勇気の一つ

夏休みという超ド級のレイジャータイムを満喫した方、はたまたお盆休みのラッシュも過ぎ去り、これからが絶好のロングツーリングとウキウキ気分の方もいらっしゃるのでは。
いずれの方々も残暑とはいえ、まだまだ容赦のない猛暑が続く模様。熱中症にお気を付け下さい。
かくいう私は、体調不良だったHPも回復。これでようやくコラムを更新出来るぞと心機一転の真っ最中。
先日スズキ、ヨシムラ、ホンダのワークスライダーとして大活躍、現在はMOTO GPの解説者として絶妙なトークで飛ばす辻本聰氏が我が家にやって来たのであります。
普通ならば、GPライダーとサンデーレーサーがレースやバイクライフについて対等に話し合うなんてありえない。が、しかし。
そこは彼の寛大さとバイクが好きと言う共通点をベースにくったくのない会話を楽しんだのだった。
そこで話題となったのが“やめる勇気”についてだった。
仕事や人生の節目に潮時がある様に、レースにも止め時という心のシグナル。つまりタイミングがある。このシグナルを無視すると、時にはとんでもないしっぺ返しがやって来る。
彼の辻本氏曰く、アプリリアを駆りスーパーバイクで活躍するビアッジは、例えそれが大切なレースであっても、バイクが不調だと“危なくて乗れない”とレースを止める。そういう事が大切だが、分かっていても中々出来ないという。
はたまたヤマハのエースライダー、バレンティーノ・ロッシは、来年からDUCATIでGPを走る事が決定した。
自分が作り上げてきたマシンをイタリア人らしく恋人と称するロッシだけあって、今回のいきさつをラブロマンスの終焉の様につづっている。
これも人生の英断にして、潮時なのだろう。
そこで今回は“やめる勇気”をテーマにした。
極上の波を前にアプローチを仕掛ける時、はたまたトランスポーテーションからバイクを下ろし、サーキットの薫りを嗅いだ瞬間、心地良い興奮とともにうっすらとした『心のシグナル』を感じることがある。
僕にとってサーフィンとレースは最高にスリリングで悦楽の世界にトップリと浸れる、とっておきのお楽しみである。がしかし、その反面とてつもないリスクを抱えていることも承知。
ま〜不治の病とでも申しましょうか、心身ともに尽き果てるまでやめるわけには行かないと思っている。そこで最近歳のせいなのか、それともサル的な行動を得意とする我が輩にして、多少の学習能力が身についたのか、こうした人世最大の喜びごとを長続きさせるには、「サーフィンもレースも動物的な感が大切。そうだ!心のシグナルを的確にキャッチすれば良いのだ」と。今日に至るまで、サーフィンを通じ、こうしたシグナルを無視したことで、幾度となく手痛いお仕置きを経験してきた甲斐あってか,今更の様にそのことに気付いたのだった。それにしてもこの『心のシグナル』を素直に受け入れることは以外と難しいのだ。
つい先日、間近に迫ったDUCATI CUPの練習を兼ね、筑波での走行会に参加したときのことだった。
この日は体調や精神面においてもかなり好調だったが、トランスポーテーションからバイクを下ろし,まもなくして心のなかに「もしかして」という空気が漂いはじめ、一本目を数周した段階で「やっぱりなんか変」とピットに戻り,2本目をキャンセルしてバイクをしまおうとすらしていた。
どんよりとした雰囲気に包まれボーッとしていると「陸さん2本目行きましょうよ」と誘われ、折角のお誘いだからとシグナルに背きコースへ出てしまった。すでにこの時点で負けが決まっていた。
案の定3周目のシケイン立ち上がりでズテンと一発やらかしてしまい、ケガこそしなかったものの749Rは手を振りながらドンドン視界から遠ざかり、ツナギの臀部に穴があくという体たらくを演じてしまった。
そうこうして迎えたDUCATI CUPだが、その前夜最大級のシグナルが夢になって現れた。何の理由か解らないが、病院を訪ね帰り際に受付で下駄箱の場所を聞くと「大腿骨の骨折と脛の骨折とでは、場所が違う」だって!おまけにレース当日は雨。
天候だけならまだしも、サーキット全体がバッドヴァイブレーションに包まれている様な気がしてならなかった。それでも幾度となくレインタイヤを調達してチャレンジすることも考えたが、気が乗らない。心の中で『雨でも走るのがレース。ここでやめたら自分自身に負けたことになる』葛藤の中、親友でもあるキャプテンに電話を入れる。「俺だったら走らないね」の一言で整理が付き、やめる勇気を手にしたのだった。
チャオ!Riku

マーシャル諸島で和む

文章の書き出しは春ですが、そうした細かい事はさて置き、今回はミクロネシアの最東端の島国マーシャル諸島へお連れいたします。
同じ猛暑でも日本のそれとは一味違うトロピカルウェザーを満喫して下さいませ。
久しぶりの小春日和に誘われて、冬眠中だったバイクを巣穴から引っ張り出し、ケミカルをシュット吹きかけ『よしよし、ピカピカにしてやるぞ』と磨き始めた。するとポケットの中の携帯がブルブルと騒ぎ出し、電波に乗って「マーシャル諸島へいって貰えませんか」というフレーズが飛び込んできた。当然一つ返事で了承したが,さてマーシャル諸島?と検索してみた。東太平洋に浮かぶ珊瑚礁に囲まれたマーシャルアイランド共和国という立派な独立国家だということが解った。日本からの飛行距離はコンチネンタル航空でグアムまで約3時間、そこからアイランドホッパーに乗り換え、更に南東へ約4時間のフライト。赤道に最も近いミクロネシアの最果ての地だと知った。しかも、そこに点在する前人未到のサーフスポットのリサーチと来れば、冒険心にニトロの火がともり、いざ本島マジュロをめざしたのだった。がしかし、本島でのサーフィンに適したライダブルな波は無く、仲間達と30フィート、100馬力の船外機を搭載したボートに一日分の食料を積み込み、連日本島から約一時間程離れた第一目的地アルノ環礁のイリアム島へと出発した。出発前にローカルクルーから『今日は凪なので、楽だと思いますよ』の言葉を信じ、いきようようとフナ旅でも楽しもうと高をくくっていたのだが,外洋に出た途端ボートの舳先にぶつかるウネリは、様々な方向から押し寄せて来るのだが,そのサイズがこれまた人の身長を越す大きさ。そんなサイズが容赦なく我々を襲い、2日目以降はいっそうはハデになるばかり。座っていることなんか出来ない。ボートの縁に立ち落水しない様に、日よけ用のタープの支柱をしっかりと掴み,ビショ濡れになりながらタイミングを見計らい、身体を上下させ波の衝撃から身を護る。その様子はブルライドつまりロデオのようでもあり、10段ウォッシュボードの次に大ジャンプその後のビッグウォールにカウンターをあてるという殺人オフロードコースの様でもあった。そんな状況でも我らサーファーは雄叫びを上げ、僕の頭の中にはパリダカやバハ1000へのイメージが広がっていた。今回僕が持参したサーフボードは,ニーボードといってボードの上にお行儀良く正座をして、波に乗る世界的にも珍しいスタイルの乗り物だ。このボードの特徴は、カウルの中に身体を押し込む様な姿勢で波頭をフルスピードで下り、ヒザの代わりに水面にウデを突っ込みフルバンク。そこからほれ上がった波のチューブに突っ込むか、覆い被さる波の斜面を一気に走り抜ける、かなりスリリングでアグレッシブなスタイルなのだ。して、珊瑚礁に砕けるイリアム島の波は,背丈のほぼ2倍。前記のスタイルでホームストレートをフルスロットルで走り抜け,右回りの複合コーナーをやりすごし、直線を抜け大きく旋回そして最後にデイトナクラスのバンクを抜けフィニッシュ。なんとなくそのイメージを掴んで頂けただろうか。サーフィンもバイクもメローな気分でクルーズする楽しみもあれば,ちょっとしたヤンチャナ気分で走ればそれまた楽し。全てはIt’s your mind.なのだ。
バルロヨック!(マーシャル語でまたね)
                                                                                                   Riku

近況報告

大雨で箱根新道が通行止めの為、ショップにたどり着けなかったり
本店での新作受注会に恐怖の棚卸と
バタバタの日々が続いています。
その為に…なんて言うと 言い訳がましいのですがお店も臨時休業がままならず、
その上Leisure Timeの更新が 滞りがちです。
今週末は、ひとつ夏らしいものをアップ致しますので
“よそのHP”を なんていう浮気心を起こさず 暫くお待ち下さい。
Riku

My Honey Bee

春を思わせる陽気に誘われ、久々にインディアン100ccボーイズスクランブラーをガレージから引っ張り出してみた。キックを数回踏み下ろすと長い冬眠から目覚めたかの様に、ブルブルとスリムな身体をふるわせ始めた。実は、このインディアンに関する正式名称や生年月日などの詳細に関しては不明な点が多い。70年代初頭に作られたハニービー(ミツバチの羽音にちなんで私が勝手にそうよんでいる)には、日本製のフジというメーカーのエンジンが積まれている。当時のインディアンのなかには、エンジンを始め主要なパーツをイタリアや日本のメーカーから集めて組み上げた、小排気量のモターサイクルがリリースされていた。このハニービーもそんな時代に作られた一台なのだろう。その鼓動は甲高く周囲にとってはディスターヴィングなサウンドなのだろうが、ミツバチの羽音の様なエンジン音を奏でながら、けなげにモクモクと走る。ハニービーはビーチクルーザーとして波をチェックしながら海岸沿いの国道をユルユルと走ったり、アフターサーフィンの楽しみとしてライブに出掛けるのにうってつけのモーターサイクルなのだ。今では、スポーツとしてのイメージが定着したサーフィンだが、モーターサイクルの世界と同様に本来はオシャレで洗練されしかもいくばくかの不良っぽさを持ちあわせた、とっておきのお遊びかつお楽しみなのだ。サーフィンが隆盛を極め始めた60年代からハニービーがリリースされていた70年代にかけて、カリフォルニアを中心にサイケデリックアートやヒッピーイズムが台頭し、各地で革新的なムーヴメントが巻き起こっていた。中でもサーファーの織りなす健康的かつユニークなファッションや楽天的なライフスタイルは、当時のニュージェネレーションのさきがけとして脚光を浴び、ビーチカルチャーへと発展して行った。そんなビーチボーイのユニークなライフスタイルにいち早く注目したハリウッドは、彼らが繰り広げるビーチライフをモチーフにした映画制作を勢力的に行ってきた。それに伴いサーフィンは更に生活への密着度を高め、その流れは更なるサーフィンブームの引き金となりヒットチャートの上位にもサーフビートが台頭し始めた。かつては、ベンチャーズやビーチボーイズに始まり70年代にはセシリオ&カポーノ、カラパナ、オロマナ、パブロクルーゾそして現在に至っては、元プロサーファーのドノヴァン・フランケンシュタインやジャック・ジョンソンが奏でるアコースティックサウンドが多くのファンやリスナーの耳を楽しませている。ご当地日本では、今宵もカリフォルニアとハワイの70sサウンド満載のライブハウスThe Road and Skyでテストライダースやシンガーソングライターのケイソンといったサーフミュージシャンがゴキゲンなサウンドで観客を乗せまくりライブを盛り上げている。確かにモーターサイクルを題材にした映画も数多くリリースされている。しかし、過去を遡っても世界的にヒットした名画『イージーライダー』の挿入歌として知られるステッペン・ウルフのBorn to be wildがモーターサイクルサウンドの代表格と成るのだろうが、歌詞の内容からしてもその時代のソウルや生き方を訴えてはいるものの、いまひとつライフスタイルが見えにくい様な気がする。モータースポーツやゴルフ等のメジャースポーツに比べるとマイナーでしかもアンダーグラウンドな薫りが漂う波に乗る単純な遊びが何故ここまで音楽やファッション、更にライフスタイルにまで深く影響しているかと言うと波に乗ると言う行為だけではなく、ライブなどのサーフィンを取り巻く環境や生活を楽しむアフターサーフィンが充実しているからなのだ。

FWS走行会

7月19日海の日。何でこの日が海の日なのかという、その意味がよくわからない。がしかし、休日が増えるのは大歓迎。本来ならば海にいるべきところなのだろうが、先日のレースが雨、晴天の富士を思いっきり走りたい、という気持ち+9月のレースの練習を兼ねてFSW(富士スピードウェイ)の本コースでの走行会に参加してきました。
参加台数も多く、思う様には走れませんでしたが我が、愛機TRIUMPH DAYTONA 675の最高速(267km)を堪能したのでした。本当は、あと10km欲しい!

万歳!夏がきた

東北と九州の一部を除き鬱陶しい梅雨があけ、世の中全体が夏気分となった今日。待ちに待った夏の到来を祝して今回は、2006年RIDERS CLUB#390とちょっと過去に遡ってしまいますが、我が連載コラムEnjoy Riding  Surf & Roadをお届けします。先週は定期ブログのアップをサボッテしまったので、今回は二本立てとしました。お楽しみください。 Riku

オトナの夏がやってきた!!

待ちに待った本格的な夏がやって来た。『真夏』と言う言葉を耳にした途端、人生50回目の夏にして枯れるどころか、いまだに心がハジケ、ふらちな期待感に胸がトキメイテしまう。僕流にいわせてもらえば、大人の夏休みは宿題もなければ眠い目をこすりつつラジオ体操に行く必要もない。まったくもって無責任かつ自由気ままなのだ。
しかもセミの声に囲まれながらの早朝ツーリングにギラつく太陽の下でのサーフィン。一石二鳥のパラダイスシーズンの到来となれば、ワクワクしない方が病気なのであります。
 これで漸く、以前からキャプテンと温めていたある企みを実行に移す日が来た!とばかりに遊び心満載の我らネバーランドの住人は、その手始めとしてビーチサイドクルージングを楽しもうとR134へと繰り出したのでした。
 当日は、キャプテンのサーフデビューという記念すべき日でもあったためかDUCATI996タケタヅスペシャルと749Rで出掛けたにもかかわらず、西湘バイパスを一気に走り抜け、箱根辺りをギンギンに走るいつものそれとは、気分もスタイルもまったく違っていた。
 僕たちサーフ&モーターサイクルバムは、午前中の涼しい時間帯をクルージング、午後はエンジンと真夏の紫外線にほてった身体のクールダウンをかねてのサーフィンとシャレ込んだのであります。
 まずは、サーフィンも身だしなみが大切と、七里が浜からカラフルなビーチパラソルで埋め尽くされた由比ケ浜を抜け、葉山へとスーパーバイクをビーチクルージングに相応しいノンビリムードで走らせる。そしてジャズが流れる行きつけのサーフショップ、BIRD WELLで洒落たトランクスをゲット。再び七里が浜に戻り、僕の仲間達が流木を集めて建てたビーチハットをベースにのんびりサーフィン。ここには、気の置けない連中が集い、サーフィンの本当の楽しさをそっと教えてくれる、そんなムードが漂っている。早くもその一員となったキャプテンは、慣れるに従ってサーフボードのスイートスポットを見いだし、同時にパドリングのコツを掴みカーヴィングというサーフィンとモーターサイクルの共通点をクロスオーバーさせることができたようだ。このままでは僕のオハコを奪われてしまうのでは、と危機感を覚える程その魅力にハマってしまった。
 サーフィンもモーターサイクルも奥が深い『心のスポーツ』。楽しさを身体で感じることが上達への近道なのですぞ。ボクはといえば、週末は筑波でのMAX15と、ハイシーズンに興奮気味なのだった!